『Dopesick』はプリンスやトム・ペティ、俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンや大谷翔平のチームメイトのタイラー・スカッグスらの命を奪い、一時はタイガー・ウッズも苦しめたオピオイド依存症の最前線をアメリカ人ジャーナリストが描いた本です。
本屋さんでは急ごしらえのコロナウイルス関連の書籍コーナーによって隅に追いやられているっぽいですが、アメリカではオピオイドの過剰摂取による死者が年間5万人以上、依存症者は300万とも400万とも言われています。少なくとも現時点では新型コロナやインフルの比ではありません。
そのオピオイド問題の震源地をアメリカ人ジャーナリストのベス・メーシーさんが7年間にわたり徹底的に取材をしてまとめたた力作の本書『Dopesick』の日本語版です。
私は翻訳と解説を担当しています。あと、ちょこっとまえがきも。
巻末の解説では、その後アメリカで相次いたオピオイド裁判とその判決のこと、日本のオピオイド状況(2015年にトヨタ初の外国人取締役が麻薬を個人輸入して麻薬取り締まり法違反で逮捕されたのを覚えていますか?あれがオピオイドです)やアメリカのオピオイド禍の大元になった処方鎮痛薬オキシコンチンの製造元のパデューファーマのこと、そのオーナーのサクラー一族とその一族から信じられないような多額の寄付を受けていながら、オピオイドが社会問題になると見るや一斉に縁切り宣言をしたり寄付金を返したりしている米英の名門大学や皆さんの誰もが知るのところの名門美術館のことなどを解説しています。残念ながら私も母校もその一つでした。
ただ、何といっても一番圧巻なのは、メーシーさんの徹底した取材に裏付けられた、オピオイド危機の最前線の現場の描写です。オピオイドに翻弄され人生を棒に振る何万、何十万という人々や、一般市民をオピオイドに依存させることで莫大な利益を得る製薬会社の行状、その製薬会社の接待攻勢や買収の見返りにオピオイドの処方箋を乱発する医師たちの腐敗ぶり、そして多勢に無勢を覚悟で巨大な敵に立ち向かう被害者遺族やボランティアたちの様子には強く胸を打たれました。
実はこの本に登場する人物の多くに私自身も取材をしていました。その取材の過程でメーシーさんの存在を知り、この本の草稿を見せられた時、その圧巻な内容に感動し、「こりゃ僕が取材した結果を本にするよりも、この本を翻訳した方がはるかに世の中にとって意味がありそうだ」と思うにいたったために、今回はその紹介役に回らせていただいたという次第です。
折に触れて、私自身の取材内容もご紹介していきたいと思いますが、まずはぜひこの本を読んでみてください。私が絶賛する意味がきっとわかっていただけると思います。
本の中で主人公的な役回りで描かれているある女性の後日談も、お話したくてうずうずしますが、それはまた次回以降のお楽しみにしておいてください。